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東京地方裁判所 昭和43年(行ク)6号 決定 1968年2月02日

申立人 安保破棄諸要求貫徹中央実行委員会事務局長

被申立人 東京都公安委員会

主文

申立人の昭和四三年一月三〇日付集団示威運動許可申請に対し、被申立人が同年二月一日付でなした別紙許可に付された条件のうち、「公共の秩序を保持するため申請にかかる集団示威運動の進路を次のとおり変更する。日比谷大音楽堂――西幸町――霞が関派出所前交差点――大蔵省裏交差点左――三年町交差点左――特許庁角――米国大使館前左――西久保巴町左――虎ノ門交差点右――西新橋一丁目交差点――新橋大ガード手前左――第一ホテル角右――土橋(解散地)」の部分の効力を停止する。

申立費用は、被申立人の負担とする。

理由

一  申立の趣旨および理由

別紙一に記載のとおり

二  被申立人の意見

別紙二に記載のとおり

三  当裁判所の判断

1  疎明によれば、申立人が安保破棄諸要求貫徹中央実行委員会事務局長として、同委員会に参加する日本平和委員会、日本AA連帯委員会、民青、新婦人、日本共産党、全商連、全生連、全学連(責任者田熊和貴委員長)、全日自労、全商工、民放労連、出版労協等の加盟及び協力諸団体を結集し、日本を最大の基地としてベトナム侵略をますます拡大するアメリカが更に武装スパイ艦プエブロ号により行なつた朝鮮民主主義人民共和国に対する侵略と挑発を糾弾する意思表示をするために、日比谷野外音楽堂で集会を開催したあと、同所から大蔵省前―国会通用門―首相官邸前―特許庁―米国大使官前―消防会館―虎ノ門―新橋土橋まで集団示威運動を行なうべく、昭和四三年一月三〇日昭和二五年東京都条例第四四号「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例」(以下、「東京都公安条例」という。)一条に基づき、被申立人に対し別紙三の一記載のとおり、右集団示威運動の許可を申請したこと、および被申立人が東京都公安条例三条一項但書六号に基づき、同年二月一日付をもつて別紙三の二の条件を付して右申請を許可したことが認められる。

以上の事実関係のもとにおいては、集団示威運動の本質にかんがみ、行進の進路の変更に関する本件申立ては、申立人にとつて回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるものと認めるのが相当である。

2  ところで、被申立人は、本件申立ては付款たる条件の一部すなわち進路変更の部分についてその効力の停止を独立に求めるものであるが、行政処分に付された付款は処分と不可分一体となるのであるから付款が違法である場合でも付款の違法を理由として処分自体の取消しを求めるべきであつて付款のみを処分から切り離してこれを独立に争う訴えは許されないと主張する。

しかし、東京都公安条例は集団示威運動について、規定の文面上は許可制をとりながらも、不許可としうる場合を厳格に制限して許可を義務づけることにより、実質においては届出制と異なるところがなく、それゆえにこそ合憲と解されるものであるから、本件のごとく許可に条件が付された場合、その条件に無効原因または取消原因となる瑕疵があつても許可処分まで無効または違法となると解すべきものでないことはいうまでもない。したがつて、条件のみの無効あるいは取消事由を主張して許可に付された条件のみの取消訴訟を提起することができると解すべきである。

3  さて、本件において疎明によれば、申立人はさる一月一八日、主催団体、参加人員、目的、進路等において本件とほゞ同様の集団示威運動の許可申請をなし、進路の変更に関する条件を付されることなく申請どおり許可を受け、集団示威運動を行なつたが、全体として秩序をもつて整然と行なわれたことが認められ、右事実とその他本件疎明資料を総合して検討すれば、本件について申立人の申請どおりの進路による集団示威運動を許可したとしても、東京都公安条例にいう「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼす」とかまたは「公共の秩序」をみだすような事態が生ずるものと推測することはできない。したがつて、本件条件付許可処分の適否については、なお本案訴訟において慎重審理すべきであるとしても、少なくも行政事件訴訟法二五条三項にいう「本案について理由がないとみえるとき」に該当しないというべきである。

4  被申立人は、被申立人が本件許可にあたり進路変更の条件を付したのは、その進路にあたり国会等が存在し、これらはいかなる妨害または物理的心理的圧力等をも受けることなく平穏な環境のもとにおいて国政を審議すべき任務を有するから、本件進路変更の条件を付すことなく許可を与えた場合には、国政審議権の公正な行使が阻害されるおそれがあり、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると主張するが、しかし、本件許可申請がなんらの条件を付されることなく許可されたのであればともかく、前示のような諸条件が付され、なかんずく危害妨止および秩序維持に関しきびしい条件が付されていること、前記のように、最近において、本件主催団体による国会ならびに首相官邸周辺を含む集団示威運動が全体として秩序をもつて整然と行なわれたこと、また、疎明により、本件集団示威運動は参加予定人員が一〇、〇〇〇名であり、かつ当日国会においては衆議院の地方行政委員会、運輸委員会等が開催されることになつているが、本件申請にかゝる集団示威運動が開始されるのは午後八時ごろであつて、その行進が本件申請にかゝる国会周辺にさしかゝるのはそれから若干のちであつて、前記委員会の審議も通常の経過を予想する限りその時刻ころにはすべて終了しているものと推認するに難くないこと、さらにまた、疎明により本件申請にかゝる当初の集団示威の進路が大蔵省横―国会南通用門―首相官邸―特許庁の道路であつて国会周辺のすべてでなく、しかも国会南通用門から首相官邸までの距離は約二〇〇メートルであり、その間を参加予定人員一〇、〇〇〇人が行進するに要する時間はさほど長時間ではないと推認されること等にかんがみ、本件集団示威運動が被申立人主張のように国政審議権の公正な行使を阻害する等のものとは解せられない。したがつて被申立人の右主張は採用しがたい。

四  結論

よつて、申立人の本件申立てを正当として認容し(この場合においては行進の進路は本件許可申請書記載のとおりとなるものと解するのが相当である。)、申立費用は被申立人に負担させることゝして、主文のとおり決定する。

(裁判官 杉本良吉 仙田富士夫 岩井俊)

別紙 一

行政処分執行停止申立書

申立の趣旨

申立人の昭和四三年一月三日付集団示威運動許可申立に対し、被申立人が昭和四三年二月一日付でなした許可に付した条件のうち、大蔵省横より国会南通用門及び首相官邸前を経由して特許庁わきに至る間のコースの交通を禁止する旨の処分の効力はこれを停止する。

申立費用は被申立人の負担とする。

との裁判を求める。

申立の原因

一、行政処分の存在

申立人は安保破棄諸要求貫徹中央実行委員会事務局長として同委員会に参加する日本平和委員会、日本AA連帯委員会、民青、新婦人、日本共産党全商連、全生連全学連(責任者田熊和貴委員長)、全日自労、全商工、民放労連、出版労協、等の加盟及び協力諸団体を結集し、日本を最大の基地としてベトナム侵略をますます拡大するアメリカが更に武装スパイ艦プエブロ号により行つた朝鮮民主主義人民共和国に対する侵略と挑発を糾弾する意思表示をするために、日比谷野外音楽堂で集会を開催したあと、同所から大蔵省横―国会南通用門―首相官邸前―特許庁―米国大使官前―消防会館―虎ノ門―新橋土橋まで集団示威運動を行うべく昭和四三年一月三十日東京都公安条例第一条に基き被申立人に対し別紙申請書記載のとおり、右集団示威運動の許可を申請したところ、被申立人は二月一日付をもつて申立人の趣旨記載のとおり右許可申請にかかる集団示威運動の行進順路を変更する旨の条件を付して大蔵省横より国会南通用門及び首相官邸前を経由して特許庁わきに至る間のコースの行進を禁止する旨の許可処分をした。

二、本件処分の違法性

右処分は東京都公安条例第三条第一項にもとずき、なされたものであることは明らかであるが、同項は「公安委員会は前条の規定による申請があつたときは、集会、集団行進又は集団示威運動の実施が公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合の他は、これを許可しなければならない。」とし、また「公共の秩序又は公衆衛生を保持するためやむを得ない場合の進路、場所又は日時の変更に関する事項」に関し必要な条件を付することができる旨規定している。

しかしながらこれらの規定は、憲法が保障し、かつ民主主義社会存立の基盤ともいうべき表現の自由の一還として、マスコミによる表現の手段を持ちえない一般の国民のもつ唯一の表現の手段ともいうべき集団行動による表現を規制するものであるから、その解釈、運用にわたつては、いやしくも公安委員会が、その権限を濫用し、公共の安寧の保持を口実に平穏で秩序ある行動まで制限、抑圧することのないよう戒心すべきはいうまでもないところである。

この点は昭和二九年一一月二四日最高裁大法廷判決(刑集八巻一一号一八六六頁)、昭和三五年七月二〇日最高裁大法廷(刑集一四巻九号一二四三頁)も強調するところである。

(二) 然るに本件処分は、右各条項にいう「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」または「公共の秩序又は公衆の衛生を保持するためやむを得ない場合」になされたものとは到底いいえない。

即ち本件集団示威運動はその目的は前述のとおり日本を最大の基地としてベトナム侵略をますます拡大するアメリカが、更にその戦争政策を推進し、朝鮮に対して新たな軍事挑発と侵略のほこ先をむけているのを糾弾するという日本国憲法前文、第九条の精神からして全く正当な目的のためになされるものである。

特に参加、協力団体をみるに右目的のために我が国において国民大衆の中で主導的な活動をしている団体であり、最近において去る一月一八日、エンタープライズ寄港抗議・ベトナム人民支援・沖繩小笠原返還中央集会を開催し、参加人員数一万七〇〇〇名が午後七時頃より約四時間に亘り本件申請コースを整然と統制ある集団示威運動を行つているのであり、一名の逮捕者もなかつたのである。

三、本件処分がなされた理由を推察すれば

(一) 本件集団示威運動のコースが首相官邸前から国会南通用門に至る国会周辺コースを通ることにより国会審議の妨げになるとの判断をしたのではないかと考えられる。

しかし、都条例を字句どおりに運用している限り、特に国会周辺の集団行動だけをとりたてて制限すべき規定は全くみあたらない。

右の制限は、国会周辺から集団行動を排除すべき政治的意図から出たものに他ならない。

仮りに同条例第三条但書第六号によるとしても「公共の秩序」と併記されている「公衆の衛生」たとえば悪疾や伝染病の流行等と同じように都民の生活秩序を指すものとみるべく、国会周辺を通るからと云つて、直ちに公共の秩序を害するなどとは云えない。

しかも、本件コースは国会周辺と云つてもその一辺即ち首相官邸から国会通用門に至る約五〇〇米の距離に過ぎないのであり、本件進路変更処分は全く違法不当とみる外ない。

なお、参加予定人員が一万人である点であるが、前述のとおり去る一月一八日には一万の集団示威運動が許可されているのであり、約一万七、〇〇〇名の整然且つ統制ある集団示威運動が行われているのであつて、人員の多寡を許可処分の条件にかからせることはマス・デモクラシー下における集団による表現の自由を禁止するものであつて、その理由とはなり得ないものである。

(二) さらにつけ加えるならば本件条件許可処分には既に秩序保持に関する事項、危害防止に関する事項、交通秩序維持に関する事項等について厳しい条件が付せられていることをも考えるならば、本件処分は平穏な集団示威運動に付せられた違憲な条件といわなければならない。

そもそも東京都公安条例にいう「許可」は、前述の各最高裁大法廷判決の趣旨からいつても、本来「届出」の性質なのであるから、公安委員会が、集団示威運動の目的やその当否・内外の政治的反響等を考慮して許可不許可を決定したり、条件を付したりすべき性質のものでは全くないのである。時々の政治的社会的情勢等によつてその当否や条件を公安委員会が付するということになるならば、それこそ一行政機関の恣意によつて憲法上の基本的権利の行使が制約をうけることとなり、「届出制」とは異質のものとなる。

特に都公安条例の運用によつて、国会の審議権の行使を阻害すると云う理由により、国会周辺の集団示威運動を禁止することは都公安条例の目的の範囲外であることは、既に各裁判所によつても判示されているところであり、それが国会開会中であろうと休会中であろうとは問わないのである。

四、以上本件処分の違法は極めて明白だといわなければならない。

申立人は右処分の取消を求めるため訴訟を御庁に提起した。しかし乍ら本件集団行動の実施日は本年二月二日であり、このままにして本案訴訟の結論を待つていたのでは、申立人が所期の集団行動を実施することは不可能となり、後日では回復しがたい損害を蒙ること明らかである。

なぜならば本件集団示威運動が行われるのは二月二日であり、現在ベトナムの戦争は極めて激烈化してその影響が多方面に及ぼすとき、特にアメリカの極東にむける軍事戦略がますます拡大化傾向をしめし、朝鮮における新たな軍事挑発として具体化しているとき、これを糾弾し、反対の意思表示を国会に対して行うことは平和を願う日本国民の憲法上の権利であり、緊急の課題であつて、本件集団行動が前記の制限により禁止されることは回復し難い損害をうけるものといわざるを得ない。

申立人が本件集団行動の主催者たる諸団体の総括者(中央実行委員会事務局長)として又自分も右行動に参加するものとして本執行停止の申立に及ぶ次第である。

なお付言すれば、都公安条例によれば、集団行動の許可は実施日の二四時間前になせば足りるものとされ、又被申請人の処分は現実にも実施予定日二四時間前ぎりぎりになされているので、この処分に対する司法救済は執行停止の方法によるほかはこれをうけえない事情にある。

裁判所はこの点に留意されて勇断をもつて本執行停止決定をされるよう強く希望するものである。

疎明方法<省略>

別紙 二

意見書

意見の趣旨

本件申立てを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

意見の理由

第一 本訴ならびに本件申立ては不適法なものである。

一 本訴請求の不適法について

相手方は、申立人の昭和四三年一月三〇日付集会集団示威運動許可申請(以下本件許可申請という。)に対して、昭和四三年二月一日、条件付許可処分(以下本件処分という。)を行なつた。

右条件は、「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(昭和二五年七月三日東京都条例第四四号)」(以下単に東京都条例という。)第三条第一項但書の規定に基づいて、右申請を許可するに際し付したのであるが、この場合の条件は、「行政行為の付款」であるから、主たる意思表示である許可処分に付随し、これと一体不可分の関係にあるのである。

したがつて、仮に右条件の付与が違法であるとすれば、付款の違法を理由として、本件処分全体の取消しを求める以外に方法はないのであるから、付款たる条件自体の取消しを求める本訴請求は不適法といわざるを得ないのである。

二 本件執行停止申立ての不適法について

ところで、本件申立ては、付款たる条件の一部すなわち、進路変更の部分についてその効力の停止を独立に求めるのであるが、行政処分に付された付款は、処分と不可分一体をなすものであるから、付款が違法の場合においても付款の違法を理由として処分自体の取消しを求むべきであつて、付款のみを処分から切り離して取消訴訟の対象とすることは、それ自体背理であるのみならず付款の違法を理由とする処分の取消判決があれば、行政庁はその拘束をうけながら新たな行政処分を行なうことによつて申立人の救済目的は達せられるのであり、またその方法によつてのみ行政と司法の調整をはかる行政事件訴訟法の趣旨に適合し得るものというべきだからである。

そして、もし付款のみの取消しの訴えが許されて、しかもその取消判決により付款のみが失効して処分自体は存続すると解するにおいては、行政庁としては付款のない行政処分は未だ行なつていないのに、裁判所が行政庁に代つて付款の付されない新たな行政処分をしたに等しい効果を認めることになり(付款は前述のとおり許可処分と不可分一体であるから、付款を付しえないとすれば不許可をすることになる場合もありうるわけである。)、これは三権分立の建前上許されないものであることは明らかであろう。

このことは、行政処分の執行停止においては一層強い意味合いにおいていいうることである。すなわち、裁判所は本案前の暫定措置としては行政処分の効力執行または手続の続行を停止することだけが認められていて、それ以上の積極的な措置をとることは法律上認められていないのであるから、付款のみの効力停止により行政庁が付款のない行政処分をしたと等しい効果を創出しようとすることの許されないことはいうまでもないことである。

したがつて、本件処分の進路変更の条件の部分の効力停止を求める本件申立ては、不適法な申立てであるといわなければならない。

第二 東京都条例は合憲であり、その運用は適法妥当である。

一 東京都条例の合憲性について

本件本訴ならびに本件申立てが不適法であることについては、前記第一に述べたところであるが、申立人は、本訴ならびに本件申立てにおいて、「東京都公安条例は憲法第二一条の保障する表現の自由を行政庁の事前の許可にかからしめ、その自由を大幅に制限するものであつて違法である」という。然しながら東京都条例が合憲であることは、最高裁判所の判例(昭三五、七、二〇大法廷最刑集一四―九―一二四三)の示すところである。

すなわち、憲法第二一条の規定するいわゆる「表現の自由」が侵すことのできない基本的人権に属し、その完全な保障が民主政治の基本原則の一つであることは多言を要しない。しかし、国民はこの種の自由を濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負うべきことも論をまたないところである(憲法第一二条)。

ところで、集団行動による思想の表現は、単なる言論、出版等によるものとは異つて、現存する多数人の集合体自体の力、つまり潜在する一種の物理的力によつて支持され、この潜在的な力は、あるいは予定される計画に従い、あるいは突発的に内外からの刺激、せん動等により、群集心理のおもむくところきわめて容易に動員され得る性質のもので、この場合に平穏静粛な集団であつても、時に昂奮、激昂の渦中に巻きこまれ、甚だしい場合には一瞬にして暴徒と化し、勢のおもむくところ実力によつて法と秩序をじゆうりんし、集団行動の指揮者はもちろん警察力をもつてしても如何ともし得ないような事態に発展する危険が存在すること群集心理の法則と現実の経験に徴して明らかである。したがつて地方公共団体が、純粋な意味における表現といえる出版等についての事前規制である検閲が憲法第二一条第二項によつて禁止されているにかかわらず集団行動による表現の自由に関するかぎり、いわゆる「公安条例」をもつて、地方的情況その他諸般の事情を十分考慮に入れ、不測の事態に備え、法と秩序を維持するに必要、かつ、最小限度の措置を事前に講ずることは、けだしやむを得ない次第である(前記大法廷判決同旨)とされているところ、法と秩序を維持する責務を負う東京都は、東京都が我が国の首都であり、かつ政治、外交、経済、教育、文化の中心として国会議事堂、最高裁判所および外国公館その他の分野における中枢機関が所在して常時活動している特性、居住人口一、一〇二万五、〇一三人を擁し、毎日近県からの通勤、通学人員が一〇五万人強もある過密都市である特性、我が国にある全自動車数の約一四パーセントにあたる一四〇万台の自動車が道路率四、八パーセント強(都の面積約二〇二三、三六平方キロメートルに対する道路面積約九七、六八平方キロメートルの割合で、区部のみでは一一、三パーセントとなる。)の道路事情の下に年間交通事故件数八万五、二一六件(死者七四九名、負傷者八万七、五三四名)の公害をもたらし、また絶えざる道路工事等による交通障害などの交通事情等の情況、その他諸般の事情を考慮して地方公共団体の立法として東京都条例を制定し、道路その他公共の場所で行なわれる集会、集団行進、または集団示威運動について事前の法的規制を行なつているのであるが、これは、警察法第二条により公共の安全と秩序の維持にあたることを責務とされている警察が、集団行動の行なわれることを事前に知ると同時に、それが安全に行なわれ、かつ公共の秩序を保持するために必要適切な措置を講ぜられるようにするがために行なつているもので表現の自由を理由に違憲視されるいわれはないのである。けだし、表現の自由は、本来平穏に行なわれるのを本質とし、集団行動に表現の自由として憲法によつて保障さるべきものがあるとしても、その表現はあくまでも、法と秩序の範囲内において行なうべきだからである(昭四〇、七、二東京地方裁刑二一部判決、昭三九特(わ)五六二号一二同旨)。もつとも、東京都条例が違憲であるとの説の中で、東京都条例には、(一)規制対象の場が特定されていない。(二)許可の基準が不明確である。(三)第三条但書が抽象的である。(四)救済規定が設けられていない等のことをあげるものがあるが、この説は後述するとおり、いずれも違憲理由とはならない。

(一) 規制対象の場所の特定性について

前記昭和三五年七月二〇日最高裁大法廷判決は、東京都条例につき、「いやしくも集団行動を法的に規制する必要があるとするなら、集団行動が行なわれ得るような場所をある程度包括的にかかげ、また、その行なわれる場所の如何を問わないものとすることはやむを得ない次第であり、他の条例において見受けられるような、本条例よりも幾分詳細な基準(例えば『道路、公園その他公衆の自由に交通することができる場所』というごとき)を示していないからといつて、これをもつて本条例が違憲無効である理由とすることはできない。」と判断している。

(二) 許可基準について

最高裁判所大法廷が、昭和二九年二月二四日、新潟県公安条例について判示した(最刑集八―一一―一八六六)ところによると、新潟県公安条例第四条第一項に規定する「公安委員会は、その行進又は示威運動が、公安を害する虞れがないと認める場合は、…………許可を与えなければならない」との許可の基準は、「これらの行動に対する規制は、右摘示部分のみを唯一の基準とするのでなく、条例の各条項及び附属法規全体を有機的な一体として考察し、その解釈適用により行なわれるものであるこというまでもない。」のであるから合憲であるとの判断を示しているのである。そこで右新潟県公安条例第四条第一項の規定ならびに、その他各条項および附属法規の全体を、東京都条例第三条第一項の規定ならびにその他の各条項および附属法規の全体と比較してみるに、東京都条例は、第三条第一項に不許可とする場合の基準を「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」と極めて限定的に規定しているのみならず、その他の各条項ならびに右東京都条例の取扱いについての昭和三五年一月八日付相手方の決定、その他関係規程等をあわせて考察してみても合憲であることが明らかなのである。

(三) 第三条但書について

東京地方裁判所は、「東京都条例第三条第一項但書所定の条件は、規定自体からは禁止の内容が事実として特定されていないものであるけれども、集団行動について許可の処分がおこなわれるに際し、具体的な事実を特定してこれを条件としてつけられたときに禁止の内容が特定され、このときにおいて右第三条第一項但書、第五条の規定は補充され、処罰規定として欠けるところのないものとなるのである。

そして、集団行動を行なうものは、具体的条件が明記された許可書を交付され、その付された条件の具体的禁止の内容を十分に知り得るのであるから、同規定をもつて可罰性の根拠としたところでなんらの不都合もない筋合いである。」(判例タイムズ一四五号一八八頁)と判示している。

(四) 救済規定について

前記昭和三五年七月二〇日、最高裁大法廷判例は、「本条例(東京都条例)中には、公安委員会が集団行動開始日時の一定時間前までに不許可の意思表示をしない場合に、許可があつたものとして行動することができる旨の規定が存在しない。このことからして原判決は、この場合に行動の実施が禁止され、これを強行すれば主催者等は処罰されるものと解釈し、本条例が集団行動を一般的に禁止するものと推論し、以て本条例を違憲とする。しかし、かような規定の不存在を理由にして本条例の趣旨が許可制を以て表現の自由を制限するものの如く考え、本条例全体を違憲とする原判決の結論は、本末を顛倒するものであり、決して当を得た判断とはいえない。」としているのである。

しかるところ相手方は、東京都条例の取扱いについて定めた昭和三五年一月八日付決定五において「申請を受理したときは、すみやかに許否の決定をした上、それぞれの旨を記載した書面をおそくとも集会等を開始する予定日時二四時間前までに主催者または連絡責任者に交付しなければならない。」と定め、さらに同六において「主催者または連絡責任者が受領しない等、申請者の責に帰すべき事由ある場合を除き、その他の特別の事由により前項の所定の時限内に交付できなかつたときは許可のあつたものとして取扱うものとする。」と定めて前記昭和二九年一一月二四日の最高裁判所判決に示すが如き救済方法をもつて処理しているのである。

二 東京都条例に基づく許可申請に対する事務処理手続の合法性について

(一) 相手方は、昭和三一年一〇月二五日東京都公安委員会規程第四号「東京都公安委員会の権限に属する事務処理に関する規程」をもつて、法令または条例によつて相手方の権限とされた事務のうち、重要特異なものを除くものについて、これを警視総監が処理できること、警視総監は、その事務の一部を主管部長に処理させ、定例簡易なものについては警察署長に処理させることができることを定めたが、これは、元来、都警察を管理する機関として設けられた非常勤の相手方が行政庁として事務処理する場合に迅速かつ能率的に処理できるようにとつた処置なのである。

右規定によると、東京都条例に基づく許可申請に対しては、重要特異な事項を除く許可処分の際に条件を付することを警視総監以下の警察官に処理させることとなるのであるが、その処理結果については、これを毎旬ごとにとりまとめて相手方に報告し、相手方の承認を受けることになつているのであり、また不許可は勿論許可処分および条件付与にあたつても重要特異なものであるかどうかは、公安委員会自体の運営の慣行として例えば進路、場所、日時の変更等の条件付許可は相手方がこれを直裁しており、その他についても委員会開会審議の都度具体的な方針指示が繰り返され、その下において自ら重要特異か否かは客観化されているのが実務の実態であつて、警察官によつて恣意的に判断されているものではない。

であるから、右処理によつて、憲法が保障する表現の自由を侵すところはないから、右の処置は、合憲適法なのである(昭三八、一一、一五最高裁二小判決、昭三八、一二、一七東京高裁刑三判決同旨)。

(二) しかして相手方は、東京都条例に基づく許可申請に対し、同条例第三条に基づき許否を決し、許可する際は必要な所定の条件を付することができるが、これらの処分の基礎となるべき事情の存否の判断は、ことの性質上条例の定める範囲内で相手方の裁量に属する(前記昭和三五年大法廷判決)ものであるところ、相手方は、その取扱いの適正を期するため、昭和三五年一月八日付をもつて条例の用語の解釈不許可処分をする場合の具体的基準等同条例の取扱いについて決定し、一方、警視総監は相手方のこの決定を忠実に執行するため、条例運用上の心構え、条例の解釈、許可申請の取扱要領等を具体的に定めて警察署長等に通達したのであるが、これらの基準はいずれも東京都条例の定める範囲内のものであるから、違法とはならないのである(昭和二七、六、一〇東京高裁判決高刑集五―九五一昭三一、七、一〇東京高裁判決)。

(三) およそ、多数人を集めて集団行進、集団示威運動を行なうようなときは、この行事が円滑に行なわれるようにするため、主催者は警察と行事内容、道路、交通の状況その他について打ち合わせているのが常であり、このように双方がお互の立場において理解し、協力する関係があつてこそ過密都市化の複雑な道路事情、公園その他きわめて限られた公共の場所における多くの団体の使用競合等の調節が可能となるのであつて、東京都条例の許可に関する事務を主管する警備課において係警察官が東京都条例に基づく許可申請人から許可申請前に、いわゆる行政相談をもちかけられた場合には前記(一)(二)記述の決定、通達の趣旨に沿つて助言を行なうのである。

しかし、この相談協力は、あくまでも任意的な事実行為であつてなんら強制にわたるものでなく、したがつてこの話し合いによつて許可申請人が頭初の意思を変改するのやむなきに至つたとしても、それは許可申請人の自由な意思というべく、また右話し合いに応じないで頭初の希望の内容の許可申請書を所轄警察署に提出する自由は当然確保されているのであるから、これをもつて事前抑制として違法視するいわれはいささかもないのである(昭和三八・三・二七東京地裁判決同旨、判例タイムズ一四五―一八八、昭四二・三・一五東京地裁判決同旨)。

(四) 東京都条例は、第三条第一項但書所定の事項に関し許可される集団行動について相手方が条件を付することができる旨を規定する。

この条件付与は、前記第一の二において述べたとおり法律学上の概念としては「行政行為の付款」であり集団行動の実施が許可されることを前提とし、実質的にはその集団行動の日時、場所、環境、規模態様、方法など、外形的な一切の事情に即応し社会秩序や一般公衆の日常生活での便益などの反対利益との調整措置として条件を付するのである。

然して、東京都条例第三条第一項但書の各事項は「一、官公庁の事務の妨害防止に関する事項、二、じゆう器、凶器その他の危険物携帯の制限等危害防止に関する事項、三、交通秩序維持に関する事項、四、集会、集団行進又は集団示威運動の秩序保持に関する事項、五、夜間の静ひつ保持に関する事項、六、公共の秩序又は公衆の衛生を保持するためやむを得ない場合の進路、場所又は日時の変更に関する事項」であり、これらは、社会秩序に危険な形態方法および集団行動によつて影響を受ける一般公衆の日常生活の便益を類型的に掲示しているに過ぎず、これらの事項は集団行動の持つ物理的な力の面に対する調整基準とされて合理的な範囲のもので、合憲適法なものである(昭四一・三・二五東京地裁刑三判決同旨)。

しかも相手方は、条件付与にあたつては、予定される集団行動の日時、場所、環境規模、態様、参加団体の行動傾向等について検討したうえで、必要最小限度の条件を個別的具体的に付与しているのである。

もつとも、前記(一)に述べるとおり定例簡易な案件については、警視総監以下の警察官が許可処分の処理および該処分に条件を付することができるのであるが、この場合に付される条件は取扱うべき案件が本来定例簡易なものに限られている性質上付せられる条件もこれに沿う必要最小限のものとなり、このために許可の内容を大きく制限し、これを無意味のものにするようなことはあり得ないのであるからこれまた違法視されるいわれはない。

なお、相手方は本件許可申請に対しては直裁しているのであるから、右のようなことは違法理由たり得ない。

第三 国会周辺の静穏保持の必要性

一 国会議事堂及びその周辺における安寧の保持について

元来、国会は国権の最高機関として、国会議員、国務大臣等が国政を審議する場合、いかなる者からも物理的圧力、心理的威迫、その他の妨害等を受けることのない静穏な環境の中におかれるべきものであつて、これが常に保障されることにより国会の審議権の公正な行使が確保されることは議会制民主主義国家における最大かつ絶対の要請である。

そして、国会議事堂の周辺には、国会議事堂を中心として、国会図書館、衆、参両議院議員会館(三棟)衆、参議院議員面会所、衆、参議院車庫、衆、参議院議長公邸、総理官邸、総理府および政党本部等国政審議に必要な各機関、施設が所在し(疎乙第一号証)、国会開会中は、衆、参両院における本会議、委員会等における審議、その他各種折衝、連絡、打ち合せ等に随伴して、両院議員、国務大臣、政府委員その他国政審議に関係する者が、国会議事堂およびその他右関係施設へ出入往来することとなるが、国政審議権の公正な行使を確保するためには、これらの登退院、出入、往来の自由の確保が絶対必要な条件となるのである。

換言すると、国会が正当に選挙された全国民を代表する議員によつて構成され、憲法上国権の最高機関とされている以上国会議員その他国政審議に関係する者が静穏の環境の中でなんらの妨害なく、国政審議権を公正に行使することと、これら議員等の登退院等の自由が確保されることは議会制民主政治の基盤をなすものであつて、いわば、国民全体の利害にかかわるところであり、まさに公共の福祉そのものというべきである。

このことは、諸外国の立法例をみても明らかなように、集団示威運動に対する規制は、現にアメリカ、イギリス、ドイツ等においても行なわれているのである。

すなわち、アメリカにおいては、合衆国法典一九四六年版第一九三条「………合衆国議事堂区域においては、行列又は集団をなして行進し、立ち止り又は動くこと、ならびになんらかの党派、団体又は運動を公衆に知らしめる意図で用意された旗、幟その他の物を掲げることは禁止される」と規定し、イギリスにおいては一六六一年の不穏請願法、一八一七年の不穏集会法で「一〇人を超える人数の者が請願提出の目的をもつて議院に寄り集つてはならないこと、及び国会議事堂の門から一マイル以内において、五〇人を超える人数の者が議会の開かれている日に、両院又はいずれかの一院に対する請願、抗議、その他希望の陳述について審議し又は準備するために集会してはならないこと」を定め(疎乙第二号証)、ドイツにおいては、刑法第一〇六条をもつて「連邦若しくは州の立法機関及び連邦憲法裁判所の建物の周囲の囲壁を繞らした禁制区域内で、公開の屋外集会、又は行進に参加し、よつて故意にこの禁制区域に関して制定された規定に違反した者は、六月以下の軽懲役、又は罰金に処する。」と規定している(疎乙第三、四号証)。

二 集団示威運動の本質について

集団示威運動は、多数の者が一定の目的をもつて、公衆に対し、気勢を示す共同の行動をいい、行進と直接無関係に示威を目的とする言動を伴うことによつて参加者以外の者になんらかの影響を与えようとするものである。

すなわち、集団示威運動における示威とは、集団の共通の目的達成のため共同して参加者以外の者に影響を及ぼしうる状況下で威力若しくは気勢を示すことであつて、その示威行為の実態は、宣伝用自動車が一般大衆の聴覚に訴えるため拡声器を通じてその主張するところを高音で反覆放送し、参加者がこれに応じてシユプレヒコールをくり返して甚だしくけん騒の状態を継続して現出し、一方、参加者以外の者の視覚に訴えるため、その主張を誇示する各種の旗、のぼり、プラカード、横断幕、タスキ等を携行着装し、これらによつて参加者自身の心理状態を著しく高揚して行動するのが通常で、これらの示威行為が集団示威運動の要素となつている。

さればこそ、前記大法廷判決において、「集団行動による思想等の表現は、単なる言論、出版等によるものとはことなつて、現在する多数人の集合体自体の力、つまり潜在する一種の物理的力によつて支持されていることを特徴とする。かような潜在的な力は、あるいは予定された計画に従い、あるいは突発的に内外からの刺激、せん動等によつてきわめて容易に動員され得る性質のものである。この場合に平穏静粛な集団であつても、時に昂奮、激昂の渦中に巻きこまれ、甚だしい場合には一瞬にして暴徒と化し、勢いの赴くところ実力によつて法と秩序を蹂躙し、集団行動の指揮者はもちろん警察力を以てしても如何ともし得ないような事態に発展する危険が存在すること、群集心理の法則と現実の経験に徴して明らかである。」として集団示威運動の本質を判示しているところである。

三 過去における国会議事堂周辺の集団示威運動について

集団示威運動は、前記第三の二において述べるとおり、その本質として、「本来、平穏に秩序を重んじてなさるべき純粋なる表現の自由の行使の範囲を逸脱し、静ひつを乱し、暴力に発展する危険性のある物理的力を内包している」(前記大法廷判決)のであつて、このような危険性は、事前の法的規制によつて完全に除却できるという性質のものではなく、危険発生の度合は主催者(団体)の性格のみによつて判断されるものでもなく、その集団示威運動の日時、場所、目的、参加者の性格、その他諸般の情況により、容易に不穏な集団に転化して、暴力により国会構内へ乱入したり、議員の登退院を妨害したりして、国政の審議権の公正な行使を限害するものであることは、公知のこととも言えるのであり、以下述べる二、三の事例に徴しても明らかである。

例一

議事堂周辺において、著しくけん騒をきわめて国政審議および議員活動を妨害し、さらに議事堂構内へ乱入して国政審議に直接重大な脅威を与えたもの(疎乙第五号証の一乃至五)

1 第七回国会開会中の昭和二五年三月九日、約一万名の集団示威運動参加者(以下デモ隊という。)が議事堂後庭に乱入し、さらに議事堂内への侵入を図つた。

2 第九回国会開会中の昭和二六年一〇月一日約四、〇〇〇名のデモ隊が棚を乗り越えて議事堂構内へ侵入した。

3 第三三回国会開会中の昭和三四年一一月二七日約二万名のデモ隊が二度にわたつて議事堂構内へ乱入し約一時間にわたつて占拠した。

4 第三四回国会開会中の昭和三五年六月一五日夕約四、〇〇〇名のデモ隊は、衆議院南通用門の門扉を破壊して議事堂構内へ乱入約三時間にわたつて中庭を占拠した。

例二

議事堂周辺において著しくけん騒をきわめて、衆、参両議員の正門前道路を長時間占拠して議員の登退院に支障を生ぜしめ、または、議員面会所、議員会館の出入口を塞ぎ、けん騒をきわめて議員活動を妨害したもの(疎乙第六号証の一、二)。

1 第三八回国会開会中の昭和三六年六月二日約六、〇〇〇名のデモ隊が衆議院第一議員会館前で集団示威運動を行ない、議員会館の出入および議事堂裏道路の通行をと絶させた。

2 第四二回国会開会中の昭和三七年一二月一四日約四、〇〇〇名のデモ隊が議事堂裏道路で集団示威運動を行ない、参議院議員面会所前道路上にすわり込んで気勢をあげ同所の出入を阻害した。

右のような集団による越軌行為は、議会政治、民主政治の破壊行為であり、公共の福祉に重大な影響を及ぼす結果となるのである。

したがつて、議事堂周辺における集団示威運動にあつては、右のような越軌にわたる危険性が内包されているものである。

第四 本件執行停止申立てを容認することは公共の福祉に重大な影響がある。

一 主催者、参加予定団体および本件集団示威運動の目的

本件集団示威運動の主催者たる「安保破棄、諸要求貫徹中央実行委員会(事務局長堀真琴)は、昭和三九年ころ、結成された「米原子力潜水艦寄港阻止、日韓会談粉砕、インドシナ軍事侵略反対、安保反対国民会議再開要求中央実行委員会」なる団体が、昭和四〇年一二月二四日に名称を改めたものである。

そして右団体は、アメリカ帝国主義のベトナム侵略反対、ベトナム人民支援、アメリカ帝国主義の朝鮮での軍事挑発抗議等を課題として活動を行なつてきたのであるが、本件集団示威運動はプエブロ号事件発生を契機にアメリカの朝鮮に対する侵略と挑発を糾弾する目的で

<1> 朝鮮民主主義人民共和国に対するアメリカ帝国主義の侵略と軍事挑発反対、朝鮮人民との連帯をつとめよう。

<2> アメリカのベトナム侵略反対、ベトナム人民との連帯をつとめよう。

<3> 佐藤内閣の対米従属、侵略加担反対、日本を朝鮮、ベトナム、アジア侵略の基地にするな。

<4> 在日朝鮮人の民主的民族権利を擁護し、帰国事業の破壊に反対しよう。

<5> 物価値上げ反対、春闘諸要求を獲得しよう。

<6> 沖繩、小笠原の即時無条件、全面返還をかちとろう。

<7> 日米安保条約破棄、アメリカ侵略軍は日本から、ベトナムから、アジアから出てゆけ。」。

をスローガンとして、日本平和委員会、日本原水協(原水爆禁止日本協議会)、民主青年同盟、新婦人(新日本婦人の会)、全学連(田熊和貴委員長)、共産党、全日自労、民放労連、東水労など中央実行委員会加盟団体が参加し、約一〇、〇〇〇名の人員を集めて行なう本件集団示威運動を計画し、相手方に対して許可申請に至つたのである(疎乙第七、乃至九号証)。

二 本件集団示威運動が国会に及ぼす影響

現在開会中の第五八回国会においては、沖繩、小笠原の返還問題、防衛問題、ベトナムその他の外交問題等について活発な論議が展開されつつあるが、特にエンタープライズ空母の佐世保寄港、米艦プエブロ号のだ捕問題、ベトナム戦争の拡大激化等が連日マスコミにより報道され国会における論争の焦点となつている時点において、本件集団示威運動がこれら論争の焦点となつている各種の問題をとり上げ前記のスローガンを掲げて国会議事堂の直近道路で行なわれ正に院内院外相呼応する行動となり、本件集団示威運動参加者の気勢が相当盛りあがるとみなければならない。

また、当日国会においては、衆議院の予算委員会、地方行政委員会、運輸委員会等が開催されることになつており(疎乙第一〇号証)、かかる時点において本件集団示威運動が国会議事堂周辺において一万名に及ぶ規模で長時間にわたり行なわれることは、国会審議に直接影響を及ぼすことが明らかである。

ことに、本件集団示威運動の主催者および参加団体の過去における行動経歴、すなわち

(1) 昭和三八年六月一八日、全日自労主催の失対打切り反対のため国会への請願集団行進の際所轄警察署長の再三の警告に従わず許可条件に違反してことさらな、おそ足行進を行ない付近一帯の一般交通の妨害をなし東京都条例違反で一名が逮捕された。

(2) 昭和四〇年四月二二日、全学連(委員長川上徹)が、東京国際空港内およびその周辺で学生約二、〇〇〇名が「ロストウ来日反対」のための無許可の集団示威運動を行ない東京都条例違反で一名が逮捕された。

(3) 昭和四〇年四月二八日、全学連(委員長川上徹)が、アメリカのベトナム侵略反対等の集団示威運動の際参加学生約一、二〇〇名が許可条件に違反して進路変更を企図して機動隊に突きあたつたほか、ことさら、なおそ足行進・停帯を行ない付近の交通に著しい妨害をなし、東京都条例違反で一名逮捕された。

(4) 昭和四〇年六月九日、日本平和委員会主催の「ベトナム侵略反対国民行動日中央集会」に参加した全学連学生約二、〇〇〇名は、集団示威運動終了後、新橋駅構内で集会を開き、同駅の窓ガラスを破損したため、鉄道公安官が注意したところ、これに対して暴行を加え一名が公務執行妨害罪で検挙された。

(5) 昭和四〇年一〇月五日、安保破棄中央実行委員会(以下中央実行委員会という。)主催の一〇、五大集会に参加した全学連学生約五〇〇名は西新橋一丁目付近においてフランス・デモを行なつたため、これを規制にあたつた警察官に暴行を加え公務執行妨害罪で一名が検挙された。

(6) 昭和四〇年一一月五日、中央実行委員会が主催して国会請願のための緊急行動を約一、五〇〇名を集めて行なつた際、衆議員面会所前の歩道上にすわり込んだ。このため同所周辺の歩道の通行は不能になり、二名が公務執行妨害および東京都条例違反で検挙された。

(7) 昭和四〇年一一月八日、中央実行委員会(堀真琴)が日韓条約批准阻止緊急中央集会で二、〇〇〇名が、国会への請願集団行進と併せて集団示威運動を行なつた際、許可条件に違反して一二例乃至一三例のフランス・デモを行ない一般交通に著しい妨害をなし、東京都条例違反で四名が公務執行妨害罪で二名が逮捜された。

(8) 昭和四〇年一一月一四日、青年学生代表者会議(吉村金之助)が民青と全学連が参加して行なわれた日韓条約批准阻止佐藤内閣打倒等の青年学生中央集会で、集団示威運動を行なつた際、永田町小学校周辺で後続てい団が先行てい団を追い越そうとし許可条件に違反した行動に出たので、これを規制阻止にあたつた機動隊員に暴行を加え公務執行妨害罪で一名が逮捕された。

(9) 昭和四一年三月一四日、民青同および全学連が参加して国会周辺を経て虎の門交差点付近に至つた際、だ行進、うず巻き行進を行ない同所周辺の交通に著しい障害を与え、東京都条例違反で一名が逮捕された。

(10) 昭和四一年四月二五日午後九時ごろから翌二六日午前六時七分ころまでの間、全学連が四、二六統一行動スト、国鉄スト支援のため国電品川駅西口広場において約一、〇〇〇名の学生団が同駅長および所轄警察署長の再三の警告を無視して交通妨害となる方法ですわり込みを行ない同所付近の交通の妨害をなし道交法違反で三名が逮捕された。

等々からして(疎乙第一一号証)、本件集団示威運動を申請どおり許可することは、国会の正常な審議活動に大きな支障を来たすことになる。

三 以上の次第であるから、相手方が東京都条例第一項但書第六号の規定に基づき公共の秩序を保持するためやむを得ない場合にあたると認めて必要最小度において付した条件についての本件申立てを容認することは、公共の福祉に重大な影響を及ぼすものであるといわざるを得ないのである。

第五 本件申立てには処分の執行によつて生ずる回復困難な損害を避けるための緊急の必要性はない。

申立人の申請にかかる本件集団示威運動の進路は、日比谷大音楽堂会場から土橋まで全長約三、四キロメートルで、そのうち本件許可処分において変更したのは、国会議事堂周辺(大蔵裏交さ点~衆議院南通用門~同通用門~三年町交さ点)の約〇、六キロメートルに過ぎない。しかも右変更により行進することとした進路は大蔵裏交さ点~三年町交さ点の間であつて(疎乙第一二号証の一、二)、右進路を行進することにより申立人の主張する本件集団示威運動の目的を達するにつき格別支障があるとは認められないのである。

よつて、申立人には本件許可処分の条件の部分の効力停止を求むべき緊急の必要性は存しない。

疎明方法<省略>

別紙三の一

集会・集団示威運動許可申請書

一、主催者住所氏名所属、電話番号 港区芝一の四の九 安保破棄諸要求貫徹中央実行委員会事務局長 堀真琴

電話番号 四五二―二〇九〇

二、他府県の場合は連絡責任者住所氏名

三、実施月日        二月二日

1 集合開始時刻     午後五時三〇分

2 演説開始時刻     午後六時〇〇分

5 集団示威運動出発時刻 午後八時〇〇分

6 解散時刻       午後十時〇〇分

四、行進順路        別図どおり

五、集会場所        日比谷野外大音楽堂

六、解散場所        新橋土橋

七、主催団体名       安保破棄諸要求貫徹中央実行委員会

八、参加予定団体およびその代表者住所氏名   日本平和委員会 日本原水協 民主青年同盟 新婦人 全学連(田熊和貴委員長)共産党 全日自労 民放労連 東水労など中央実行委加盟団体

九、参加予定人員      一〇、〇〇〇名(二〇台)

一〇、集会、集団行進または集団示威運動の目的 名称に同じ

一一、集会、集団行進または集団示威運動の名称 アメリカの朝鮮にたいする侵略と挑発糾弾中央抗議集会

一二、現場責任者の住所氏名 総指揮 中央実行委常任幹事 市川敬 副指揮 中央実行委常任幹事 坂本周一

昭和四三年一月三〇日 事務局長 堀真琴代理

右加藤肇

連絡先電話番号 四五二―二〇九〇

東京都公安委員会殿

この処分について不服があるときは、当公安委員会(警視庁警備部警備課経由)に対して、この処分があつたことを知つた日の翌日から起算して六十日以内に異議申立てをすることができます。

東京都公安委員会指令第七十号

申請の件別紙条件をつけてこれを許可する。

昭和四十三年二月一日

東京都公安委員会

道路交通法第七七条第一項の規定により許可する。

昭和四十三年二月一日

丸の内警察署長

この処分について不服があるときは、東京都公安委員会(警視庁交通部交通規制課経由)に対して、この処分があつたことを知つた日の翌日から起算して六十日以内に審査請求をすることができます。

別紙三の二

条件書

本件集会および集団示威運動を許可するにあたり左記の条件をつける。主催者は、参加者に対し条件を周知徹底させて集会および集団示威運動の秩序を保持し、現場責任者およびその補助者は、役職を明示した標識をつけ責任区分を明らかにされたい。

一 交通秩序維持に関する事項

1 行進隊形は五列縦隊、一てい団の人員はおおむね二五〇名とし、各てい団間の距離はおおむね一てい団の長さとすること。

2 だ行進、うず巻き行進、ことさらなかけ足行進・おそ足行進・停滞、すわり込みおよび先行てい団との併進、追越しまたはいわゆるフランスデモ等交通秩序をみだす行為をしないこと。

3 宣伝用自動車以外の車両を行進に参加させないこと。

4 旗、プラカード等の大きさは、一人で自由に持ち歩きできる程度のものとすること。

5 旗ざお等を利用して隊伍を組まないこと。

二 危害防止に関する事項

1 鉄棒、こん棒、石その他危険な物件を携帯しないこと。

2 旗ざお、プラカード等のえ(柄)に危険なものを用い、あるいは危険な装置を施さないこと。

三 秩序保持に関する事項

解散地では到着順にすみやかに流れ解散すること。

四 進路の変更に関する事項

公共の秩序を保持するため、申請にかかる集団示威運動の進路を次のとおり変更する。

日比谷大音楽堂――西幸門――霞が関派出所前交差点――大蔵裏交差点左――三年町交差点左――特許庁角――米国大使館前左――西久保巴町左――虎の門交差点右――西新橋一丁目交差点――新橋大ガード手前左――第一ホテル角右――土橋(解散地)

(図面省略)

決定

申立人 安保破棄諸要求貫徹中央実行委員会

事務局長 堀真琴

被申立人 東京都公安委員会

右代表者委員長 堀切善次郎

右当事者間の昭和四三年(行ク)第六号行政処分執行停止決定申立て事件につき、当裁判所は、昭和四三年二月二日付で処分の効力を停止する裁判をしたところ、内閣総理大臣佐藤栄作より当裁判所に対し、行政事件訴訟法二七条一項に基づき、異議が述べられたので、当裁判所は、同条四項により、つぎのとおり決定する。

主文

本件につき、当裁判所が昭和四三年二月二日付でなした別紙決定は、これを取り消す。

昭和四三年二月二日

(裁判官 杉本良吉 中平健吉 仙田富士夫)

別紙省略(注、前掲執行停止決定書)

(別紙)

異議陳述書

異議の理由

一、国会は、国権の最高機関であり、国政審議の場であるという本質にかんがみその審議がいかなる妨害、圧力をも受けることなく、公正に行なわれるよう常に静穏な環境が保障されていなければならないものであつて、開会中の国会周辺の静穏の保持は、高度の公共の福祉の内容をなすものである。

二、しかして本件許可申請は、単なる請願のための集団行進ではなく、集団示威運動であり、その主張を集団の気勢を示すことによつて表現しようとするものであるが、およそ集団示威運動は、言論、出版等によるものとは異なり、多数人の集合自体の力によつて支持されており、しかも往々にして表現の自由の行使の範囲を逸脱し、物理的に静ひつを乱す危険性を内包しているものである。

ところで現在国会は、第五八回国会(常会)の会期中であり、重要案件の審議およびその準備が行なわれているところである。

三、かかるところ、本件集団示威運動は安保破棄、諸要求貫徹中央実行委員会事務局長堀真琴の主催によりアメリカの朝鮮に対する侵略と挑発を糾弾するという目的をもつて参加予定人員一万名、宣伝カー二〇台をもつて国会直近の道路(大蔵省裏交差点―衆議院南通用門―総理官邸―特許庁)を進路として行なおうとするものであり、その進路には国会議事堂、総理官邸が所在するものである。

四、したがつて、本件申請について東京都公安委員会が「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例」(昭和二五年東京都条例第四四号)に基づき行なつた条件付許可処分のうち進路変更の効力が停止され、申請どおりの進路により集団示威運動が行なわれるときは、国会の周辺において多数人による集団的示威の気勢が国政審議に加えられることとなり、またその結果予想される衆参両院における委員会その他の審議・折衝・連絡・打合せ等に伴なう両院議員の登退院等の往来および政府委員その他国政審議に、関係する者の国会およびその関係施設等に出入・往来することが確保できないこととなるおそれがあるのであつて、かかる事態は、国会における国政審議権の公正な行使を著るしく阻害し、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるものといわざるをえない。

よつて行政事件訴訟法第二七条の規定により行政処分の執行停止に関し異議を述べる次第である。

昭和四三年二月二日

内閣総理大臣 佐藤栄作

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